ギリシャはユーロから離脱するのだろうか。ユーロ圏のスペイン支援は功を奏すのか。
注目の中国経済や続く円高、11月の米大統領選などを含む多くの課題について、オンライン・トレーディングおよび投資を専門とするサクソバンク(本社:コペンハーゲン、デンマーク)のチーフ・エコノミスト、ステーィン・ヤコブセン氏に、メディアでも活躍中の国際ジャーナリスト大野和基氏が尋ねた。
source : 2012.06.21 Reuters.co.jp (ボタンクリックで引用記事が開閉)
■今期のテーマは“The great balancing act”(山場を迎える綱渡り政策)
大野 : まず最初の質問ですが、前回の世界経済予測で、2012年第一四半期にパーフェクトストーム(史上最悪の嵐)が吹き荒れ始めそうだと伺いました。パーフェクトストームが発生する3つの要素である、欧州危機、緊縮財政、社会的緊張は第一四半期に出そろったのでしょうか。
ステーィン : 3つの要素が出そろったことは間違いありません。ギリシャの混乱状態やフランスの緊縮路線への抗議票などのヨーロッパの状況をみれば、パーフェクトストームが発生したと言えます。それがついに、市場にも吹き荒れている状態です。
大野 : 第二四半期のテーマを“The great balancing act”(山場を迎える綱渡り政策)としていますが、その意図はどういうことですか。
ステーィン : 緊縮政策を導入すると、それはある程度、成長の見込みと相殺されなければなりません。多くのドイツの政治家が考えていることとは逆であるように聞こえますが、緊縮政策だけでは救われないでしょう。成長を促す改革とバランスを取らなければなりません。つまり、balancing actというのは、一方で、extend&pretend(“先延ばし”にすれば、確実な解決の道がある“ふり”をしている)政策を通して世界経済を生かせておこうとする努力と、もう一つは変化を行う使命を伴った、適切な量の緊縮政策とのバランスということです。
大野 : それは非常に困難なことでしょうか。
ステーィン : 極めて困難ですね。政治家が当然のこととして選択する解決法は、紙幣を印刷することですから。特に日本はその傾向が顕著です。
■仏大統領選とギリシャのユーロ離脱の可能性は
大野 : 前回のインタビューであなたはサルコジ大統領が再選しないだろうと予想していました。そして実際にそうなりましたね。
ステーィン : そうです。私にとって、運のよい結果となりました。
大野 : では、オランドの大統領就任により、フランスとドイツ主導によるEUの体制はどのように変化していくでしょうか。
ステーィン : まず、フランスとドイツの二国間の外交関係で言うと、それはお互いに関係がいいかどうかではなく、お互いの国から何を得られるかということです。外交関係の点からみると、その二国間は大丈夫だと思います。しかし、今オランドが大統領になったので、EUに対して、フランスはこれまでの路線からはずれるであろうことは非常に明白です。
オランドはフランスをミッテラン(フランス社会党所属の政治家。1981年から2期14年にわたって大統領を務めた)の時代に戻したがっていますが、ドイツのメルケル首相は改革を実行する唯一の方法は、かなり厳しい緊縮政策を通してのみと主張しています。おそらくメルケルの言っていることは正しいでしょうが、政治的には非常に困難を極めます。
一方でその2カ国は対立したとしても、最終的にはお互いに協力することもあり得ます。外交というのは所詮、不可能なことを可能にする術であって、異論を唱える術ではないからです。ですから、その2カ国間の関係については私は神経を尖らせてはいません。
大野 : 6月17日のギリシャ総選挙では、新民主主義党が勝利しました。ギリシャのEU離脱の可能性についてはいかがですか。
ステーィン : EU全体をみると、最終的にはギリシャはユーロを離脱するでしょう。今の政治状況をみると、今年の7月か8月までには離脱すると考えてよいと思います。もし、extend&pretend政策を続ければ、今年中か来年でしょう。
そうは言っても、最悪のシナリオが起きるとは思いません。コントロールされた離脱になると思います。つまり、ヨーロッパがギリシャをある程度援助しながら、再出発させるというようなやり方です。
■債務抱えるポルトガル、スペイン・・・ユーロの行先は?
大野 : ユーロ圏にはギリシャ以外にも債務問題を抱えるポルトガルやスペインなどが存在します。この危機の結末はどのようになるとお考えですか。
ステーィン : 政治的、経済的危機には3つの段階があると思います。拒否段階、つまり、危機に直面していることを拒否している状態です。その状態では誰もが他の人のせいにします。ヨーロッパでいうと、2008年から2011年がその状態だったと思います。危機が銀行を襲って、それからギリシャを襲いました。第二段階はプロテスト(抗議)段階です。これはフランス人がオランドに投票した2、3週間前に体現し、ギリシャでは抗議票が急進左派連合に流れました。第三段階は、変革への使命です。
ギリシャだけではなく、イタリア、ドイツ、デンマーク、そして日本でも政治的に何が起きているかは明らかです。人々は変革への使命を受け入れようとしないで、無能な現政府に対する抗議をしているだけです。政府が革新派であろうと保守派であろうと関係ありません。単に政策に対する抗議です。変化への使命の前の段階です。
でも皮肉にもヨーロッパは、段階の変化において、ひとつ先に進んでいると思います。抗議段階は十分に進行し、そのピークを通り越して、変革への使命に向かって徐々に進んでいます。オーストラリアは、完全拒否の状態です。日本は少し拒否状態です。アメリカは拒否段階と抗議段階の中間にあることは間違いありません。どの国もこの3つの段階を経なければならないと思います。
最終的には、ミクロ経済は存続するでしょう。毎日ヨーロッパでは多くの会社が設立されており、利益を上げようとしています。でも政治家はpretend&extend政策でできるだけ時間を稼ごうとしています。マクロ政策はうまくいきません。もしうまくいっていたら、日本はとっくに今の状態から抜け出しているでしょうから。まだ抜け出していないのは、誰もマクロ政策を指示できないからです。個人ひとりひとりを奨励しないといけないので、非常に難しいのです。
ここで私が言っているのは、ヨーロッパは再編と改革を経る必要があるが、それが起こるのは、政治家が考えを変えるからではなく、市場と有権者が、変革への使命が必要であると指し示すからです。変革への使命を与えられた最後の政治家は1979年のマーガレット・サッチャーであることを覚えておくことは、これからの過程において重要だと思います。もうそろそろ、ヨーロッパ、日本、オーストラリア、中国などどこでも変革への使命が必要な時期だと思います。もしそのチャレンジを快く受け入れるのなら、どの国も無事に危機を乗り越えられるでしょう。それは持っている以上のお金を使わないという従来の家庭経済学を実行するかどうかの問題です。
■各国の経済動向に迫る ―中国経済の減速、日銀「インフレ目標」の行方、米大統領選
大野 : 中国の話が少し出ましたが、中国は3月の全国人民代表大会で2012年の経済成長率目標を7.5%に引き下げました。中国経済は減速気味でしょうか。
ステーィン : かなり減速状態に入っていると思います。中国から出てくる数字はよくみても信用できないし、悪くみると、人を惑わせるものです。でも電力消費、輸入の伸び、コモディティの倉庫貯蔵をみると、何もかもが過剰状態にあることがわかります。ですから、明らかに減速する必要があります。
8.5%というのが公式予測ですが、私はずっと前から、6.5%、7.5%の成長率と言い続けてきました。もちろん日本やデンマークと比べると相対的にいいかもしれませんが、世界経済で考えるとそれは非常にネガティブな数字です。というのもIMFによれば、中国は財政危機以来、世界の経済成長の30%以上を維持しているからです。もし中国が世界経済にネガティブな貢献をすれば、世界の成長全体が下がります。
大野 : 今中国で経営されている外資系の会社はどうなるのでしょうか。中国を離れるでしょうか。
ステーィン : 先日中国に行ってきたばかりですが、長期的にはいかなる企業も中国ではビジネスがうまくいかなくなると思います。中国で利益を得るのは非常に難しいと思います。Copy&paste production(モノマネの生産)、知的所有権の侵害など、いろいろな問題に直面しますから。もっとも投資したくない国を挙げよ、と言われたら、やはり中国でしょう。中国が絶対に必要としている製品を売っている会社を買収するという話なら信じますが、中国で直接ビジネスをして成功する可能性については懐疑心を持っています。
大野 : 日本では2月に日銀が1%のインフレ目標を設定しましたが、これは円高を抑制するのに効果があると思いますか。
ステーィン : 過去10年の円高のすべては、日本がデフレ状態にあることで説明できると思います。デフレ状況にある通貨は、価値が上がる必要があります。購買力が増しますから。そうは言っても、もっとも注目すべき今年の金融政策は、日銀が発表した1%のインフレ目標です。初めて日本は公式に、インフレを作り出す必要があるということを認識したのです。日銀には、ずっと無干渉のような態度がありましたが、今になって突然そのことを受け入れ始めました。
今私がいささか懸念しているのは、Catch-22(どうもがいても解決策が見つからないジレンマ)のようなことにならないかということです。というのもインフレ目標を達成するには、通貨を強化する必要があるからです。卵が先か、鶏が先かの状況です。それを見極めてから、通貨を強くして、インフレ率を上げなければなりません。
これは、今年発表された財政措置の中で最も重要なものだと思いますが、一方で、そのこと自体は成功とは言えません。インフレ目標をできるものにするためには、通貨が強くなる必要があるのです。
大野 : インフレ目標の数字でみると、1%というのは非常に低い数字だと思います。
ステーィン : 非常に低いです。理論上、行動上の面や心理学上の意味合いからすれば、2%に引き上げた方が、おそらくある程度インパクトがあるでしょう。しかしインフレ期待は、実際日本で上がり始めているようです。これはここしばらくの間において、日本で見た最も有望な徴候です。これは非常に重要なことで、次の日銀の会合まで維持されれば、日本経済にとって非常にプラスになることです。
大野 : アメリカ経済の話をしたいと思います。第一四半期、アメリカ経済は景気回復の兆しを見せたように思います。第二四半期以降もこの傾向は続くと思いますか。
ステーィン : それは消費者主導型の傾向で、アメリカでは悪い形の成長です。アメリカでは成長の70%が消費者の需要からきていることを忘れてはなりません。最近起きたことは、消費者への貸し付けや学生ローンが爆発的に伸びて、それが成長につながっています。真の成長ではありません。消費者が自分の将来について、より安心感をもつことが、お金を使わせるのです。
ただ他の国と比べると、アメリカはすばらしい年になると思います。だから私はドルに関しては強気なのです。しかし、長期的な変化とアメリカにとって新しいページになるかという点では、間違いなくそうではありません。今の景気回復は、いずれ先細りになるような、弱い成長です。
大野 : でもオバマにとっては、今の経済成長は非常にいいことだと思います。
ステーィン : オバマにとってかなり建設的な結果を生むためには、2%以上の成長をみる必要があります。失業率が下がり続けないといけません。オバマは経済成長からの十分なサポートを得て再選されるかもしれませんが、最終的に彼が再選される理由は、偉大な大統領であるからではなく、アメリカにとってはオバマの方がきちんとした来歴があるからだと思います。ヘッジファンドで極めて裕福になった人を売りだすのは非常に難しいと思います。Main Street(金融業界を指すWall Streetに対して用いられる)は、金融業界でぼろもうけをした人たちに嫌気をさしているので、ミット・ロムニーがどれだけ資質があっても、国民を説得するのは難しいと思いますね。
■気になる今後の相場見通しは?―外国為替、株式、コモディティ
大野 : 外国為替、株式市場の今後の見通しはどう思われますか。
ステーィン : 外国為替については、私がもっともネガティブな立場をとっているのが、オーストラリア・ドルです。今オーストラリア経済は大きな住宅バブルを迎えているからです。中国経済からの追い風を受けている状態ですので、中国経済が期待以下の状態であることに引きずられ、オーストラリア経済もいずれそうなるでしょう。
通貨については、昨年の12月以来強気なドルに50%、残りの50%は、スウェーデンクローネとノルウェークローネに分散しています。オーストラリアドルについては弱気です。円については、日本はまだデフレ状態にあると思います。インフレ期待が上がっていますが、そのことはまだ市場には認識されていません。しかし日銀の政策は重要な変化が起きる徴候だと思います。ですから、私は円プットとドル・コールについては、強気に考えています。
株式市場については、グローバル市場の観点からみると、アメリカは昨年の繰り返しになるでしょう。上昇をすでにみましたが、残りの期間、今年の初めに見たような、さらに高いレベルに戻ろうとするでしょう。
ヨーロッパについては、今年は株式投資に失敗するリスクは20%だと思います。それでも投資家は国債よりも株を買うと思います。ですから相対的な投資として株はまあまあだと思います。オーストラリアや中国と比べると、日本株は相対的にいいと思います。
大野 : コモディティはどうでしょうか。
ステーィン : 次に起きる金融政策の動きはおそらく以前と同じようなものとなり、もっと紙幣を印刷することになるでしょう。ですから今年、金価格は上昇してくると思います。同じことが石油と農業についても言えるでしょう。今が金価格の底値、つまり買いどきではないでしょうか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
サクソバンク本社 チーフ・エコノミスト ステーィン・ヤコブセン氏
1989年コペンハーゲン大学経済学部を卒業後、シティバンク(コペンハーゲン)に入社。その後、ハフニア・マーチャント・バンクに移り、セールス&オプション責任者に就任。92年にチェース・マンハッタン(ロンドン)のバイスプレジデントとなり、スカンジナビアセールス責任者を務めた後、チェース・マンハッタン・プロプリエタリー・トレーディング・グループへ。95-97年にスイス銀行(ロンドン)で自己売買トレーダーおよびフローデスク責任者、1997年にはクリスチャニア(現ノルディア)銀行(ニューヨーク)でFX&オプショントレーディングのグローバル責任者となり、1999年にUBS(ニューヨーク)のグローバル・プロプリエタリー・トレーディング・グループのエグゼクティブ・ディレクター。その後サクソバンク(コペンハーゲン)のCIO(最高運用責任者)、リムス・キャピタル・パートナーズのCIOを経て、2011年3月より現職。自己売買とオルタナティブ投資の分野で20余年の経験を有す。
国際ジャーナリスト 大野和基(おおの・かずもと)氏
東京外国語大学卒業後、1979年に渡米。コーネル大学で化学、ニューヨーク医科大学で基礎医学を学んだ後、ジャーナリストの道に進む。以来、国際情勢の裏側や医療問題に関するリポートを発表するとともに、ジョージ・ソロス氏や元CIA長官、映画監督マイケル・ムーア氏、えひめ丸事件の乗客、北朝鮮に拉致された曽我ひとみさんの米国人夫ジェンキンス氏の家族など、要人・渦中の人物への単独インタビューを次々と行ってきた。単独での海外現地取材が圧倒的に多く、年間フライト数は80回を越える。
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