”四面楚歌の経済と社会から抜け出すために、「転換への負託」がまもなく始まることを願うばかりです。”
今四半期以降、どんな変化が予測されているのだろうか。メディアで活躍中の国際ジャーナリスト大野和基氏が迫った。
source : 2012.09.21 Reuters.co.jp (ボタンクリックで引用記事が開閉)
■「現実逃避」と「抗議」を経て、有権者たちが辿り着く場所は?
大野 : 前回の5月のインタビューでは、ヨーロッパが<転換への負託(※)>に向かって、徐々に動き出したと伺いました。今回の世界経済予測では“Delay is the deadliest form of denial.(先延ばしは現実逃避の最も致命的な形である)”というC・ノースコート・パーキンソン氏の言葉を引用され、現実逃避に警鐘を鳴らされていますが、6月に行われたEU首脳会議以降進展はあったのでしょうか。
※前回では<変革への使命>と表記いたしましたが、世界経済予測レポートに合わせた表記に統一いたしました。
ステーィン : ヨーロッパの政策立案者は、次の会議がすべての会議を終わらせる会議と言い続けながら、まだ会議を開き続けています。つまり<転換への負託>にまっしぐらに進もうとせず、<現実逃避>と<抗議>の間を行ったり来たりしながら、先延ばしを続けているということです。
私の感触では、さらにリセッションがひどくなり、政治的に前進できなくなってしまえば、半年以内には、<転換への負託>に向かって進まざるをえなくなると思います。今の状態はあまりにもひどく、これからはよくなる以外ありません。
大野 : 経済危機に直面すると、人々は<現実逃避>、<抗議>、<転換への負託>という3段階からなるモデルにそって、反応していくと書かれていますが、このサイクルは過去にもあったのでしょうか。
ステーィン : 好例は1970年代末のイギリスです。1979年、マーガレット・サッチャーが首相になったとき、イギリスはthe sick man of Europe(ヨーロッパの病人)と言われ、過剰に労働組合化され、競争がなく、またイギリス通貨も変動しやすい状態でした。サッチャー首相は、著しい変化を成し遂げるように有権者から使命を与えられたといえるでしょう。
■一歩ずつ前進する<転換への負託>への道
大野 : ヨーロッパやアメリカ、アジアの各国はそれぞれどの段階にあるとお考えでしょうか。
ステーィン : たとえばヨーロッパの場合、ギリシャは欧州委員会やIMF(国際通貨基金)、ECB(欧州中央銀行)に、もっと時間をくれ、と頼んでいるところです。今の時点で十分な時間がなかったというのなら、彼らは<現実逃避>をしているということです。
一方で、継続的に新しい国民投票が発令されている国は<抗議>の段階だと言えます。ヨーロッパでは今年多くの選挙があり、政権が変わったところもありますし、これから変わるところもあります。現政権や新政権が左よりか、右よりかという点が注目を集めることが多くありますが、経済危機においてそれはあまり重要ではありません。アインシュタインの名言の一つ、“Insanity: doing the same thing over and over again and expecting different results.(狂気。それは異なる結果を期待して、同じ実験を繰り返し続けることだ)”が現状をよく表していると思います。
ギリシャを含め、今のヨーロッパや日本、そしてアメリカ、全員が<現実逃避>と<抗議>の間にあります。誰も<転換への負託>を進んで果たしたいと思ってはいません。
<転換への負託>というのは、それに伴う痛みを与える人に投票しなければならないことで、有権者としてその判断は非常に難しいことだからです。
大野 : いつごろどのような形で、ヨーロッパ、アメリカ、あるいはアジアが<転換への負託>を迎えるとお考えですか。
ステーィン : それがわかっていれば、この惑星でもっとも裕福な人になるでしょうね。時期は国によって違いますが、政策立案者にとって気がかりなことは、中国経済が劇的に減速しているという事実でしょう。近年の世界経済の成長の半分以上は中国から来ていました。もし中国が世界経済の成長に対してマイナスに貢献するようなことになれば、半年後には世界経済は最悪の状態になります。社会的緊張が高まり、政策立案者はまた失策をし続けるでしょうから、3カ月から半年くらいで最終段階が始まると思います。
またどのような形で迎えるのかということについてですが、<転換への負託>はドイツでは起きません。というのもドイツでは<現実逃避>をしている面もあるかもしれませんが、<抗議>は生じていないからです。フィンランドではすでに<抗議>が起きています。「ユーロを離脱して、自分たちの手でやりたい」と主張して、<転換への負託>に直面するかもしれません。フランスは<抗議>の段階を経験したばかりで、<現実逃避>の段階に戻りたいと思っているかもしれません。
<転換への負託>に最も近い国は、スペインやギリシャ、ポルトガル、そしてイタリアもそうかもしれません。あくまでも推定ですが、ギリシャは時間的な余裕を望むほど得られないでしょう。今年の終わりにはまたギリシャで選挙がありますが、その後ギリシャは少なくとも当分の間、ユーロを離脱することになると思います。その離脱が触媒となって、最終段階が起きるのではないでしょうか。さらにスペインはギリシャより社会的緊張が高まっていますので、もっと早くその段階を迎えることになるかもしれません。また人口構成の面、年金の総額をみると、あと1、2年後には日本も<転換への負託>を迎える可能性があります。
大野 : 日本について、もう少し詳しくお願いします。
ステーィン : 日本には超高齢化社会という人口構成上の問題があり、それが触媒になる可能性があります。さらに職についている、技能がある若い労働者が十分いません。ですから、日本も近いうちに<転換への負託>の段階に直面する可能性が高いと考えています。
■各市場予測に迫る~株式、FX、商品市場~
大野 : 各市場の相場状況についてお伺いします。株式市場からお願いします。今ねらい目の業種は何でしょうか。
ステーィン : 債券まで含めて考えるなら、もっともねらい目があるのは、高利回りの社債です。国債よりも利回りが高いか配当率が高い社債が魅力的です。株式市場で比較的高いところでドリフト(漂流)している理由の一つは、他に代わるものがないからです。フランスの国債を1%で買いたいと思いますか。あるいは10%くらい上下する株にかけたいと思いますか。後者は少なくとも利益を得るチャンスがあります。株価についていうと、アジアの株はあまり魅力的ではないように感じます。
大野 : 次にFX市場ですが、ユーロの動き、ドル、円の動きについても教えてください。
ステーィン : ユーロがドルに対して下がるということは避けられないでしょう。私は30年通貨の動きを見てきましたが、かなりのドル高傾向である今のトレンドはこれから長期的に続くと思います。アメリカには最大の資本のプールがあります。アメリカの企業は社債を発行して資金を調達していますが、日本やヨーロッパの場合は70%を銀行ローンで調達しています。ですから、ミクロ的にみて、成長のポテンシャルの観点では、アメリカが他国をしのぐと思います。
基本的に、ドルは円に対しても強くなるだろうと思います。今、円高は最終局面を迎えているのではないでしょうか。これから日本は海外にある貯蓄を日本に持って帰る必要がますます出てくるでしょう。それは短期的な円高につながりますが、海外の富を減らすことにより自然と円安になります。私は短期的に円高になったとき、1ドル65円になる可能性があると思っています。
オーストラリア・ドルについては、国中が<現実逃避>の状態にあり、弱気の姿勢を取らざるを得ません。新興国通貨も同様です。新興市場のほとんどで使われているビジネスモデルは、成長が減速している環境では、機能していないと思うからです。
前回も触れましたが、私が所有している通貨の半分はスウェーデンクローナとノルウェークローネです。理由の一つはヨーロッパに属しながら、ユーロ圏に入っていないからです。フランスから出てくるすべての資本は、スウェーデンとノルウェーに流れ込んでいるのです。
大野 : 商品市場についてはいかがですか。半世紀ぶりの大干ばつによる農産物の高騰が話題になっています。
ステーィン : 農産物が高騰していることは確かです。干ばつによって小麦、とうもろこし、大豆は高騰しており、これからも続くトレンドだと思います。人口構成に比例して、十分な農産品を産出することができていません。ですので、私は農業への投資については強気です。
エネルギーについては、短期的にはニュートラルです。しかし、前回我々が話してから、一つ大きな変化がありました。それはシェールガスです。シェールガスは世界のエネルギー図を塗り替えるでしょう。つまり、アメリカはエネルギーが足りない状態から、エネルギーの輸出国に変わったのです。グローバルでみると、エネルギーのコストが下がってきています。
大野 : シェールガスは、石油価格にかなりのインパクトを与えるでしょうか。
ステーィン : 長期的にみると、中東の石油への依存を減らすことになるので、1年前は100ドルだったのが、80ドルや90ドルのレベルで取引されるようになるでしょう。シェールガスは石油価格にはマイナスの影響を与えますが、世界経済の成長にはプラスの影響を与えると思います。
大野 : 農産品の高騰は、インフレにインパクトを与えますでしょうか。
ステーィン : 間違いなく、その通りでしょう。
大野 : 貴金属はいかがでしょう。
ステーィン : 金価格はほとんど変わらないまま取引されるでしょう。金は減速する世界経済に対する、ちょっとした防衛策です。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
サクソバンク本社 チーフ・エコノミスト ステーィン・ヤコブセン氏
1989年コペンハーゲン大学経済学部を卒業後、シティバンク(コペンハーゲン)に入社。その後、ハフニア・マーチャント・バンクに移り、セールス&オプション責任者に就任。92年にチェース・マンハッタン(ロンドン)のバイスプレジデントとなり、スカンジナビアセールス責任者を務めた後、チェース・マンハッタン・プロプリエタリー・トレーディング・グループへ。95-97年にスイス銀行(ロンドン)で自己売買トレーダーおよびフローデスク責任者、1997年にはクリスチャニア(現ノルディア)銀行(ニューヨーク)でFX&オプショントレーディングのグローバル責任者となり、1999年にUBS(ニューヨーク)のグローバル・プロプリエタリー・トレーディング・グループのエグゼクティブ・ディレクター。その後サクソバンク(コペンハーゲン)のCIO(最高運用責任者)、リムス・キャピタル・パートナーズのCIOを経て、2011年3月より現職。自己売買とオルタナティブ投資の分野で20余年の経験を有す。
国際ジャーナリスト 大野和基(おおの・かずもと)氏
東京外国語大学卒業後、1979年に渡米。コーネル大学で化学、ニューヨーク医科大学で基礎医学を学んだ後、ジャーナリストの道に進む。以来、国際情勢の裏側や医療問題に関するリポートを発表するとともに、ジョージ・ソロス氏や元CIA長官、映画監督マイケル・ムーア氏、えひめ丸事件の乗客、北朝鮮に拉致された曽我ひとみさんの米国人夫ジェンキンス氏の家族など、要人・渦中の人物への単独インタビューを次々と行ってきた。単独での海外現地取材が圧倒的に多く、年間フライト数は80回を越える。
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